シュガーロード長崎街道(3)~宿場町で港町、塩田の逸口香

小城から塩田へ。
長崎街道開通当初は塩田を通っていましたが、途中からルートが北寄りの塚崎経由に変更になり、幕府直轄のメインルートから外れてしまいます。
といっても、街道であったことには変わりなく、また、有明海に注ぐ塩田川を利用した水運も盛んで、交通の要所だったために、いろいろな産業が栄えました。

塩田は石工の里とも呼ばれ、いたるところに作品が残っています。
本応寺仁王像は、ちょっとほほえましい表情。

水運の町であることから、水の神でもあり、商売繁盛の神でもある恵比寿様の像が、あちこちに見られました。

有明海の干満を利用した塩田川の水運でしたが、下流に通った鉄道に客を奪われた上に、橋によって大きな船が上って来れなくなり、次第に廃れていきました。
塩田津の荷揚げ跡には、クレーンの足場と検量所跡だけが残っていました。

佐賀の焼き物といえば有田が有名ですが、実は生産量では、塩田の志田焼きのほうが多かったそうです。
工芸品ではなく、日用品が主に作られました。
工場跡地を利用した志田焼の里博物館を訪ねます。

ここの特徴は、天草から切り出され、塩田津に荷揚げされた原料の石から始まるやきもの作りの全工程が、一ヶ所で行われていたことです。
この機械で石を砕き、この後、水に沈殿させて上層の細かな陶土を採取します。

大量生産のために、ろくろを回すのではなく、鋳型に陶土を流し込む方法で、皿や火鉢などが焼かれました。
釉薬や、窯のための耐熱煉瓦を作った場所、窯の内部も見学できます。
かつてはご自身も焼いていたという博物館の館長さんとの話が弾み、2時間近くいろいろ教えてもらいました。

長崎街道を隔てたところにある、大正時代に建てられた風情のある焼き物倉庫。
改装され、内部はギャラリーなどになっています。

志田焼きの熱を利用して焼かれたとも言われる、中空のお菓子「逸口香(いっこっこう)」
長崎にも「一口香」と書く同様のお菓子があって、長崎に住んでいたこともある私にはそっちの方がなじみがありますが、塩田のものは長崎のものより平べったいのが特徴です。
固めの皮で、中は空洞になっていて、黒糖でコーティングされています。
「ごまかし」という言葉の語源は、「胡麻菓子」だそうですが、それは中身が空っぽの、この「いっこっこう」なのだとか。
本当は楠田製菓の大きな「逸口香」を手に入れたかったのですが、工場のそばを通っただけで、買うことができませんでした。
シュガーロード長崎街道
(2)小城羊羹とブラックモンブラン(2006/10/15)
(4)シュガーロードサミット参加(2006/11/04)
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コメント
シュガーロードなのに、いきなり「塩」っていう文字が見えて少しびっくりしました。
しかし、趣のある場所ですねぇ・・・
投稿: nakky | 2006/10/16 18:42
>nakkyさん
そうそう、砂糖の道に塩とは、これ如何に。
そういえば、5月に行った信州には「塩の道」がありました。
「塩の道」と「砂糖の道」http://futatsumekusa.air-nifty.com/blog/2006/05/post_3b90.html
こちらでもあまり知られていない、隠れた名所でした。
地元の小学生たちが、よそ者の私に「こんにちは~」と挨拶してくれるのが、心地よかったです。
投稿: 二つ目草 | 2006/10/16 21:04
よそ者の私に「こんにちは~」
それは素晴らしいことですね。
そういう風潮が全国に広がってくれたらなぁ・・・
しかし、いろんな道があるんですね。
さすがに「デジカメの道」とかはないでしょうけど・・・
投稿: nakky | 2006/10/17 00:49
>nakkyさん
塩田を歩いていて、3度ほど挨拶されました。
2人は小学生、1人は中学生のようでした。
きっと学校や町が取り組んでいるのでしょう。
昔、「オアシス運動」ってのがありましたが。
「デジカメの道」、デジカメ商人たちがデジカメを背負って峠を越えていく風景(広重の浮世絵風)が目に浮かびました。
投稿: 二つ目草 | 2006/10/18 06:01
塩田は以前、長崎にいる頃仕事で何回か行った(通った)ことが
ありますが、イメージとしては「何にも無い町」という感じでした。
見所というのは少ないのでしょうが、古い町並みなどじっくり見て
回れば案外めっけもんが多いのかも知れませんね。この辺が古い町
の醍醐味かも・・。
志田焼きというのは初めて聞きましたよ。(^^)
投稿: wanwanmaru | 2006/10/18 22:38
>wanwanmaruさん
塩田町は合併して嬉野市になっているのですが、塩田町役場の方が新しい嬉野市役所本庁舎になっていました。
旧嬉野は温泉で有名な観光地ですが、これから塩田の観光にてこ入れしていくのか、街道沿いの建物の修復が行われていました。
白壁の町屋の表は長崎街道、裏は塩田津の港になっていて、小さいながらも交通の要所であったことが偲ばれます。
志田焼きは、工芸品ではなく、日用品として栄えていたようで、私も今回はじめて知りました。
博物館内は写真撮り放題で、今回ご紹介した他にも魅力的なモチーフ満載でしたが、暗いので手振れ防止機能つきのアレが欲しくなります。(^^)
もし行かれる時は、青木館長さんを訪ねられると、懇切丁寧な解説が聞けます。
投稿: 二つ目草 | 2006/10/19 07:45