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2006/10/02

旧碓井町を歩く(後編) 皿屋敷跡

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井戸の中から亡霊が現れて、「1枚、2枚、3枚・・・9枚...。1枚足りない。うらめしや。」

『番町皿屋敷』で有名なお菊さんの怪談話。
織田廣喜美術館の裏手に、何と、本家「皿屋敷跡」がありました。
今は、お菊大明神という小さなお堂と、お菊が身を投げたと伝えられている井戸が残っています。
皿屋敷の話がこんなところにもあるとは、驚きでした。

皿屋敷(さらやしき)は、お菊という女性の亡霊が皿を数えることで有名な怪談話の総称。 播州姫路が舞台の『播州皿屋敷』(ばんしゅう-)、江戸番町が舞台の『番町皿屋敷』(ばんちょう-、ばんまち-)が広く知られる。他に群馬県甘楽郡・高知県幡多郡・五島列島の福江島・尼崎市・松江市・嘉麻市(旧碓井町)など日本各地において類似の話が残っており、それらが相互に影響しあいながら成立したものであろう。 『ウィキペディア(Wikipedia)』より

ところで、美術館の駐車場にある地図から皿屋敷跡に行こうとして、5分の距離を30分以上さまよいました。
地図は北が上になっているのですが、それを見ている自分が実は南を向いているということに気付かず、最初反対方向に歩いてしまいました。
また、途中にいくつか標識もありましたが、目的地がそこからどっちの方向で、どれくらいの距離のところにあるのか分かりにくく、さらに肝心なポイントとなる分岐点に標識がないので、路地の入り口を見つけられません。
結局、コンバインで稲刈り作業中の農家の奥さんに尋ねて、ようやくたどり着いたのでした。

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この「皿屋敷跡入口」の標識がとても分かりにくい。
「入口」にいるのに、それらしい建物はまったく見当たりません。
ちなみに「碓井小学校」は向かって左後方100m、「野外活動センター」は左後方200mにあるのに対し、「皿屋敷跡」は右後方150mくらいのところにあります。
この標識ではどちらに進めばいいのかさっぱりわかりませんでした。
さまよったおかげで、前編の1枚目と2枚目の風景に遭遇できたので良しとしますが、ぜひ改善していただきたいところです。

「皿屋敷跡」の場所はここ
碓井小学校の正門の向かいの路地を入るのが分かりやすいです。

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コメント

子供のころ母親から聞かされたこの怖い話が、日本各地に
残されているとは知りませんでした。というより、不思議
な感じさえします。まさか日本全国のお菊さんが皿を割って
皆酷い目に遭っているとは到底思えないので・・。(^^)

それにしても本当にわかり難そうな標識ですね。第一、矢印
が入ってないので、どちらに行ったら良いのやらさっぱり
判りませんね。たしかに改善の余地ありです。

投稿: wanwanmaru | 2006/10/03 22:49

>wanwanmaruさん
ご主人が大切にしている皿を割ってさあ大変という話は、きっとどこにでもある話で、落語の「厩火事」でもネタになってますが、なぜ皿屋敷では、日本全国「お菊」さんなのか、とても不思議ですね。
しかも、屋敷のありそうな土地ならともかく、こんなのどかな田園風景の中に何故??

この標識は見た目はきれいなのですが、これを見て、まさか目的地が回れ右をして、ずっと戻らなければならないとは誰も思わないはず。
標識を立てる人は、よその土地の人を連れてきて、ちゃんとたどり着けるのか確かめておいて欲しいものです。

投稿: 二つ目草 | 2006/10/04 00:18

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