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2006/11/11

シュガーロード長崎街道(5)~東の起点小倉常盤橋と「鶴乃子」

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この小倉常盤橋と長崎とを結ぶ長崎街道は、出島に荷揚げされた砂糖が流通し、沿道に様々なお菓子文化を生んだことから「シュガーロード」と呼ばれます。

先日の「シュガーロードサミット」の予習として読んでいた一冊の新書があります。
明坂英二著「シュガーロード」長崎新聞新書。
ここで書かれている「シュガーロード」とは、実は長崎街道のことではありません。

紀元前にインドで砂糖が作られてから日本にやってくるまで、その歴史の舞台は世界中を駆け巡り、人類の甘味への欲望に突き動かされ、歴史上有名なあの人もこの人も砂糖に絡んできます。
膨大な資料に基づいて、想像力豊かに面白く書かれていて、身近な砂糖から世界史が見えてきます。
世界史未履修の高校生や卒業生、「受験に関係ないのに履修させられて損した」なんて思ってる受験生にもちょっと読んでもらいたい一冊です。

紆余曲折の末、オランダ船のバラスト代わりに船倉に積まれた砂糖が、長崎出島にやってきます。
「シュガーロード」は陸ではなく、海にありました。

「シュガーロードサミット」での八百啓介先生の講演でも述べられていましたが、砂糖の流通でみると、中国船やオランダ船で長崎に届いた砂糖の大部分は幕府の厳重な管理の下、船で大阪・堺に運ばれたので、実はほとんど長崎街道は通っていないのだそうです。


Ishimura


長崎街道を通った物質としての砂糖の流通量は少ないものの、非公式のルートでは様々な代価として「贈り砂糖」、「こぼれ物砂糖」と呼ばれる砂糖が、長崎の町から周囲に流れました。

その他にも、長崎の警備に当たった松山藩と福岡藩が、それぞれポルトガルのお菓子を、長崎街道を通じて地元に持ち帰り、松山では「一六タルト」、福岡では「鶏卵素麺」として今に伝わっているのだそうです。
ちょうど福岡藩では、鶏卵生産が盛んで、宗像、遠賀、鞍手などで作られた鶏卵は、黒崎の港から上方へ運ばれていました。
砂糖と、その卵を使って、鶏卵素麺やカステラ饅頭などのお菓子が作られていきます。

長崎で南蛮菓子作りを学んだ職人だけでなく、砂糖の甘い記憶を刻んだ多くの人々が長崎街道を往来します。
長崎街道がシュガーロードであったことには間違いありません。

写真は、福岡にある石村萬盛堂の銘菓「鶴乃子」です。
マシュマロの中に黄身餡が入ってとても美味しく、九州のお土産として私もよく利用します。
これ、鶏卵素麺の製造過程で余ってしまう玉子の白身を活用しようと生まれたお菓子なのです。
ですから、長崎街道シュガーロードの歴史の流れを汲むお菓子と言ってよいでしょう。


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ところで、これも八百先生の講演で知りましたが、小倉にも「鶴乃子」がありました。
石村萬盛堂の「鶴乃子」が明治生まれなのに対し、小倉の「鶴乃子」は江戸時代からの伝統があります。
現在も常盤橋のたもと、京町通りの入り口にあるお茶屋さん「くしき商店」で売られています。


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石村萬盛堂のふわふわの「鶴乃子」と違って、こちらはサクッと「らくがん」のような食感です。
中には白餡が入っていて、お茶に合う上品な味です。
小倉ロールケーキも育って欲しいですが、シュガーロードの歴史を伝えるお菓子も大切にしたいですね。

追記2008.6.29
小倉の「鶴乃子」を出していた「くしき商店」さんは、2007年末に閉店されていました。
江戸時代からの歴史に幕を閉じられたそうで、大変残念です。

シュガーロード長崎街道
(4)シュガーロードサミット参加(2006/11/04)
(6)起点出島とカステラの老舗(2007/01/26)

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コメント

鶴乃子ってふわふわのやつしか知りませんでした。
小倉にも別バージョンがあったのですね。

どうも北九州って、おみやげ用のお菓子が少ないって
イメージがあるのですが、探せば色々ありそうですね。

しかし地元のお菓子のルーツを辿ると、結構興味深い
ことが判りますね。これまでの記事にもあるように、
長崎街道に銘菓が多いのも納得です。

投稿: wanwanmaru | 2006/11/12 01:47

>wanwanmaruさん
「覚えていますか、栗の味。湖月堂の栗饅頭~♪」の湖月堂も小倉ですが、同様の鶴乃子が残っているそうです。

たしかに、筑豊や福岡に比べると北九州のお菓子は有名ではありませんが、老舗も少なくないようで、調査してみたいと思っています。

11月11日は「ポッキー&プリッツの日」でしたが、その江崎グリコの創業者は今の佐賀市の有明海沿い出身ですし、森永の創業者も佐賀県伊万里出身だそうです。
さらにバレンタインデーでチョコを贈る習慣は森永、ホワイトデーで返す習慣は石村萬盛堂が作ったそうですから、現代の日本のお菓子文化にも、長崎街道とのつながりを感じます。

投稿: 二つ目草 | 2006/11/12 09:23

街道の起点は、木の太鼓橋が似合いますね。
永谷園の東海道五十三次シリーズの影響か?

投稿: でぱいゆ | 2006/11/14 07:07

>でぱいゆさん
この橋は平成7年に架け替えられたので、まだ新しいのですが、それでも木というのは気持ちがいいです。
常盤橋は、長崎街道だけでなく、中津街道、秋月街道、唐津街道、門司往還にも繋がっていて、「九州の日本橋」と呼ばれていたそうです。

永谷園のカード、貯めてました。
昔は集めて送ると「五十三次」がセットでもらえたんですよね。

投稿: 二つ目草 | 2006/11/14 17:26

二つ目草さん、こんにちは^^

うちの近くに石村があるので、思わず「鶴の子」買いに行っちゃいましたよー(笑)
マシュマロと黄身餡のコンビ、最初に考えた人に拍手ですよね^^

投稿: そよ | 2006/11/15 15:49

>そよさん
こんにちは。
おみやげにもらうと、卵形の容器の形を見ただけで嬉しくなっちゃいますね。
たまには、甘さを抑えてリッチな味わいの「献上鶴乃子」を実家に持って帰って、自分もいただいちゃう贅沢。
お祝い用に紅白の鶴乃子を鶏卵素麺で巻いた「鶴の巣ごもり」ていうのもあるんですね。
それこそ、玉子の黄身と白身の有効利用。
小倉の鶴乃子もぜひお試しを。

投稿: 二つ目草 | 2006/11/15 17:47

小学校は、木造校舎だったのですが、
木の柔らかさが心地よかったなあ。
そういえば、錦帯橋架けかえられてから、行ってないなあ。

投稿: でぱいゆ | 2006/11/16 22:30

>でぱいゆさん
へえ~、木造校舎だったんですね。
木の廊下などは人が使うほど、馴染んで来ますよね。
コンクリートだとそうは行かない。

錦帯橋、前行った時は架け替え中だったような。

投稿: 二つ目草 | 2006/11/17 20:35

とても嬉しく拝見しました。私は、くしきの後に入らせていただいている、障害者自立支援ショップ一丁目の元気のマネージャーをしています。つるの子ではなく、同様な江戸からの歴史あるレシピを受け継ぎ「あわ雪」が2010年に復活しました。くしきさんのご厚意で、障害事業所にご指導いただき、月1回「くしきの日」に販売しています。つるのこだけでなく、くしきのあわ雪も他のものと違う食感です。しっかりと形があるの、口の中でふわっととろける・・・
昔からのお客様に喜んでいただいています。

投稿: 中村佳奈 | 2011/07/19 16:09

>中村佳奈さん
くしきの閉店は、とても残念でしたので、うれしいお話、ありがとうございます。
伝統ある「あわ雪」の復活。
月1回「くしきの日」に、ぜひうかがいたい、レポートさせていただきたいと思います。

投稿: 二つ目草 | 2011/07/21 02:21

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