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2007/05/05

なんじゃもんじゃと雨のこどもの日

Nanjamonja01


Nanjamonja02


なんだかよく分からないという名前の「なんじゃもんじゃ」
細くて白い花が雪のように咲きます。
和名は「ヒトツバタゴ」ですが、これは「一つ葉」の「タゴ(トネリコ)」という意味なのだそうです。
戸畑にある「なんじゃもんじゃ通り」にはまだ行ったことがありませんが、八幡東区の響ホールの近くにも、小さな並木がありました。

自生地としては、中国、朝鮮半島の他、日本では木曾川流域と対馬に隔離分布しているのが特徴で、おそらく朝鮮半島から入ったのであろうとされています。
なぜこんな分布になっているのか、渡り鳥が運んだという説もあるようですが、私としては、太古のむかし、朝鮮半島から対馬、北部九州で活躍した海人であり、やがて日本海岸を北上し、長野を南下、木曽川流域に住み着いた安曇族が運んだのではないかと妄想してみたいところです。

                ◇◇◇

さて、大雨となったこどもの日、妻子はまだ帰省中。
午前中は仕事でしたが、午後は静かに読書。
先日の到津の記事のコメントで書いた、中公新書『戦う動物園 旭山動物園と到津の森公園の物語』を一気に読了。
到津遊園の閉園が決まったときの市民のショック、再生への熱意は本当に大きなものだったようです。
それは長年にわたって、単なるレジャーランドではなく、林間学園の開催など、子どものためを思って運営されてきた賜物だったからなのですね。
今日はこどもの日だというのに、大阪の遊園地では悲しい事故が起こってしまいました。
刺激ばかりが求められがちな昨今の遊園地とは一線を画して、何十年、何代にもわたって愛し続けられる動物園たろうとする陰の努力と、それに呼応する市民やボランティアの支え。

また、旭山と到津との方針の違いも興味深いものがありました。
例えば前述の記事の写真にあるゾウの餌やりなど、到津では動物と子どもとの交流の場をつくろうとしているのに対して、旭山では家畜ではない野生動物に人間が触れることはご法度。
旭山が野生動物の凄さを失わないような育て方をしていることは、以前バラエティ番組で私も見ましたが、頭にアザラシのぬいぐるみを乗せたアイドルの小倉優子がガラス越しに顔を出したところ、本気で食おうと襲ってきたホッキョクグマの姿に表れていました。あの眼は本当に怖かった。

水族館は下関、動物園は北九州、互いに侵すべからずという「関門協定」が存在するなんて業界ウラ話もはじめて知りました。

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コメント

トネリコって、王選手のバットの素材じゃありませんか。
ナンジャモンジャの幹でも、バット作れるんかなあ。
バッティングフォームが特異な種田選手に似合いそうだなあ。

投稿: でぱいゆ | 2007/05/07 00:49

>でぱいゆさん
木材図鑑 http://www.fuchu.or.jp/~kagu/mokuzai/mokuji.htm によると、トネリコは、
 材質は重硬で強靭。粘りがあり、曲げに強い。
 野球のバットやテニスのラケット、ステッキ、漆器木地など。
 戦前は飛行機のプロペラにも使われていた。
とありますね。
なんじゃもんじゃは載ってませんでしたが、木材として使えるのなら、安曇族が利用した可能性もあるなあ...。

投稿: 二つ目草 | 2007/05/07 06:26

二つ目草さんのカメラと文章にかかると、普通の視界が特別な世界に変わります。さっそく、戦う動物園、購入させていただきました。ついでに、DVDも買ってしまいましたが・・・(^o^ゞ

投稿: 赤か毛 | 2007/05/07 23:50

私が子供の頃、北九州の行楽地と言えば到津遊園
以外にないというほど市民にはその存在が大きい
遊園地でした。

後にスペースワールドができるまでは・・。

閉園になると決定した時は子供がまだ小さかった
のでかなりショックでしたが、再スタートできて
本当に良かったです。

「関門協定」は始めて知りました。昔はめかりに
水族館があったんですが、関門協定のために閉館
したのかも・・。

投稿: wanwanmaru | 2007/05/07 23:51

>赤か毛さん
なんじゃもんじゃの隔離分布のことは今年の初めに知ったのですが、その自生域が安曇族の移動した地域ととても似通っていることに気付いて妄想が膨らみ、なんじゃもんじゃが咲いたらこのことをブログに書こうと決めていました。
花も散り始めてようやく写真に収めることができました。
なんじゃもんじゃの木で作ったオールで海へ漕ぎ出す海人族なんて荒唐無稽な空想してます。

『戦う動物園』は、路面電車でいとうづゆうえんに通ったことのある北九州育ちの方たちには、私の何倍も感じるものがあることと思います。

>wanwanmaruさん
やはり、いとうづゆうえんへの思いは、いろいろな記憶と結び付いた実感としてあるのでしょうね。
スペースワールドも当初はスペースキャンプなどの教育施設としての役割もあって、林間学園を意識してたのかなと思いますが、最近は経営が代わった事もあって、絶叫系重視といった感じですね。
めかりに水族館があったとは知りませんでした。
山口県の子どもだった私は、当然下関水族館のほうでした。

投稿: 二つ目草 | 2007/05/08 00:59

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