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2007/09/17

伝統とイノベーションのメタルロード

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室町時代の芦屋の茶の湯釜奈良時代の香春の銅と北九州近郊のメタルロードを散策してきましたが、今日は近代、鉄都八幡の歴史を知るために、一昨日から特別展「近代産業はこの地で拓かれた~八幡東田ものがたり」(2007.12.9まで)が開催されている北九州イノベーションギャラリー(北九州産業技術保存継承センター)を訪れました。

北九州イノベーションギャラリーは、「技術とデザインを融合させ、数々のイノベーションを成し遂げてきた日本・北九州の先人たちの知の遺産を未来につなげ、新しいイノベーションを創出する力を育てる」ことを目的に、この春オープンしましたが、八幡製鐵所東田第一高炉跡のすぐ近くの丘にあって、H鋼で組まれた斜格子にガラスが張られたかまぼこ型の建物です。
入った途端に土砂降りの雨になり、創業を記念する西暦1901が掲げられた東田第一高炉が、ガラス越しに雨に煙って見えました。

殖産興業・富国強兵政策の中で急速に増大する鉄の需要。
そのほとんどを輸入に頼っていた鉄を国産に転換していく必要に迫られ、官営の製鉄所が作られることになります。
中国からの鉄鉱石、筑豊からの石炭など原料や燃料の供給や製品の輸送の面で地の利があった遠賀郡八幡村が選ばれました。
ドイツから技術者が招かれて作られた日本初の製鉄所は、日本唯一であったため、当初「八幡」の文字はなく、ただ「製鐵所」と命名されました。
ドイツの仕様どおりの高炉が完成しますが、始めは失敗の連続で、頓挫寸前となり、ドイツの技術者も帰国してしまいます。
残された日本人技術者たちは、苦労して失敗の原因を探り、コークスの質などが違うためにドイツの技術そのままではだめだということを突き止めます。
その後、日本独自の仕様に改良を重ね、真の国産の鉄が量産されるようになりました。


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長い鎖国の後、明治維新から驚くほど短かい期間に近代化を遂げた製鉄技術。
それは、まったくのゼロからのスタートではなく、たたら製法など、日本の伝統の技術の中に、鉄の本質に関わる知識がすでに備わっていたことも一因だったようです。

以前読んだ、山根一眞『役者揃いの北九州メタル都市』(小学館文庫)は北九州の現在の最先端技術産業を紹介した本ですが、そのあとがきに、八幡製鐵所の副所長の書かれた解説があり、数年前から人材育成のため、新人に「たたら製鉄」を体験させているという話がありました。
砂鉄や木炭の調達、炉やふいごの製作も自分たちで行い、それでできた玉鋼や銑鉄から日本刀や鏡、風鈴を作るところまでやるのだそうです。
その体験を通して、いにしえの製法のなかにある、現代のものに劣らない合理性に気づき、みな驚き、賞賛するのだということでした。


Higashida03


鉄冷えでかつての隆盛は影を潜める北九州ですが、量より質の特殊な技術を使った製品が、現在も次々に創り出されています。
その芯には、古代からこの地で活躍した技術者たちの意志が、脈々と継がれているような気がしてなりません。

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コメント

またまた、嬉しい記事と写真。
北九州の特異性を再認識できて、今後への希望がもてる様に思います。
二つ目さんの深い洞察とフィールドワークが
その希望を「実現」に近いものへと導いて下さっているように感じて
嬉しくなるのです。
これからも宜しくお願いします。

投稿: 赤か毛 | 2007/09/21 12:50

>赤か毛さん
北九州近辺を散策しながら、これまでにシュガーロード長崎街道や海人族の海の道などを辿ってきましたが、このひと月はメタルロードの網に引っかかったというところです。
地理的なネットワークに時間軸が加わり、この地には様々なリンクが張り巡らされているようです。
何か1つのものを発見すると、そこから芋づる式にいろいろな話題が引っ張り出されてくるので、私も北九州ライフを楽しませてもらっています。

「八幡東田ものがたり」展では、以前訪れて記事にもした、河内貯水池の堰堤や南河内橋の設計図も展示してあり、当時の図面の夢に満ちた様子に感銘を受けました。

投稿: 二つ目草 | 2007/09/21 19:57

規模が縮小したとは言え、北九州をリードする企業は今でも
新日鉄ですよね。100年以上にも及ぶ技術の蓄積を未来に良い
形で継承して欲しいと思います。

近年は自動車産業が台頭してきましたが、鉄と無関係ではない
ので、うまい形で融合してこれからの北九州を引っ張って
欲しいですね。

近々このイノベーションギャラリーを訪れたいと思っています。

投稿: wanwanmaru | 2007/09/21 21:07

>wanwanmaruさん
イノベーションギャラリーには子どもたちも連れて行きました。
小学4年生の下の娘にはちょっと難解だったかもしれませんが、小学生用にはクイズも用意されていて、彼女なりに楽しんでいました。
クイズ全問正解の賞品に、新日鉄の広報が製作した鉄に関する小さな絵本をもらっていましたが、その中には、「ハイテン」という自動車の軽量化・衝突安全性確保に有利な素材の話題が書かれていました。

http://www0.nsc.co.jp/story/movie/vol21/01.html

ぜひ、お子さんと一緒にどうぞ。

投稿: 二つ目草 | 2007/09/21 22:58

 むかし、ジャパンインパクトというNHKのドキュメンタリー番組で島根県安来市にある日立金属の特殊鋼の話がありました。さすが世界ブランドらしくアメリカのジェットエンジンの合金につかわれているのですが、日本刀の原料製造がルーツなんだという話を思い出しました。ジェット機のCO2排出抑制技術に日本古来の技術が生きています。

投稿: 葦原中国 | 2007/12/16 20:37

>葦原中国さん
北九州と同様に、出雲も大和朝廷以前の古代から製鉄技術を元に、勢力を誇っていた場所ですね。
たたら製鉄による和鋼の技法が、最先端の特殊鋼にまで綿々と受け続けられ、ジェット機やエコにまで繋がってるのですね。
とても感慨深いお話、どうもありがとうございました。
ハンドル名の「葦原中国」は「あしはらのなかつくに」とお読みするのですね。
古代日本を表す「中つ国」も、出雲説や九州説など、いろいろあるようです。

投稿: 二つ目草 | 2007/12/16 20:57

 日立金属さんだけが日本刀の守護になり、
後の会社はブームには日本刀のイメージで
色々いうが、反日本刀感情が高まると逃げ
てしまう。大和魂がある日本企業はもはや
そのた壊滅か?

投稿: ミタル | 2007/12/17 02:32

>ミタルさん
知りませんでしたが、日立金属は日本刀の材料となる玉鋼をたたら製法で生産し、全国の刀匠に向けて供給しているのですね。
それが出雲の地にありつづけているというのも感動です。

日立金属の北九州の工場も、古来より鉄に所縁の深い芦屋にあるというのがまた好きです。

投稿: 二つ目草 | 2007/12/17 21:46

 日立金属さんは出雲と薩摩に工場があるのがなんとなくいい。

投稿: 日本海鉄王 | 2009/04/14 00:43

>日本海鉄王さん
コメントありがとうございます。
出雲だけでなく、薩摩もですか。
薩摩の製鉄といえば、集成館の反射炉跡を見に行ったことがあります。
http://futatsumekusa.air-nifty.com/blog/2007/02/shimadzu.html
今回ググってみたところ、そういう近代的な製鉄よりもずっと前から、
薩摩の各地で、刀をつくるための製鉄が、幕府に隠れて行われていたようですね。
そういう伝統のある場所で、脈々と技術が継承されていくのは嬉しいです。

投稿: 二つ目草 | 2009/04/16 01:09

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