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2008/01/15

ステレオ歴史探訪(17) 肥前鹿島(前編) 祐徳稲荷神社

先週の土曜日、毎年恒例の長崎での行事に行くついでに、初めて肥前鹿島に途中下車してしみました。
子どもの頃、長崎の祖父母宅を訪ねる途中、有明海沿いを走ってきた特急がいつも停まるこの駅が気になっていました。
「ひぜんやまぐち」、「ひぜんかしま」、どうして「ひぜん」って付いているのだろうと。


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貞享4年(1687年)、鹿島藩主鍋島直朝の夫人で後陽成天皇の孫の萬子媛が、 朝廷の勅願所であった稲荷大神の御分霊を勧請したのが始まりとされる祐徳稲荷神社。
日本三大稲荷神社の一つにも数えられ、商売繁盛、大漁満足など、多くの参拝客が祈願に訪れます。

朱色の舞台造りが魅力的ですが、この神社は昭和24年の火災で多くが焼失してしまい、現在の建物は昭和32年(1957年)に再建されたものだそうです。
1000年以上の歴史をもつ神社の多い九州においては、由来も建物も意外に新しい神社だということを今回初めて知りました。


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たまにステレオ写真を載せておかないと、「二つ目」の由来を忘れられてしまいそうなので、GRD2でステレオ写真を撮ってみました。
いつもの手持ち2回撮りですが、GRD2の電子水準器が役に立ちました。
平行法でご覧ください。


Yutoku05


鍋島家の家紋である杏葉紋(ぎょうようもん)が描かれた有田焼のプレートが飾られていました。
元々は北部九州を支配していた大友氏の家紋で、武勲のあった家臣には報奨として与えられたため、九州にはこの紋を伝える家系が多いのですが、鍋島家のこれは、大友家と龍造寺家が争った元亀元年(1570)の今山の戦いで、勝利した龍造寺の家臣であった鍋島直茂が、戦勝記念として以後この紋を家紋として使っているのだそうです。
佐賀藩主である宗家は葉脈が描かれた「鍋島杏葉紋」を、支藩主・分家筋は雄しべが描かれた「鍋島花杏葉」を使うことになっていて、ここ鹿島鍋島藩は支藩ですから花杏葉の紋となっていますね。


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コメント

学生の頃、年末に彼女とここを訪れました。
人気がなくて、寂しかったなあ。
正月は、初詣で大賑わいなんでしょうね。

朱がとても新しく感じたのですが、やはり、できてまだ日が浅かったんですね。

3Dといえば、BSデジタルで、「3D立体革命」という番組やってます。
平行法でみるらしいんだけど、大きな液晶テレビでは、なかなか立体視がむずかしい。

3D対応のTVだったら、ほんとに立体に見えるらしいんだけど、まだ市販されてないそうです。

投稿: でぱいゆ | 2008/01/17 22:17

>でぱいゆさん
私の行く先々、でぱいゆさんは彼女と登場されますね。(^^)

祐徳稲荷の舞台造りは、昭和30年代の作だけあって、鉄筋コンクリート製のようでしたから、あまり近くでは見ない方がいいのかも。

「3D立体革命」は、新しく放送が始まったBS11でやっていますね。
BS11はビックカメラが運営している放送局だそうで、3D対応の受像器もビックカメラでデモが行われているそうですね。
見てみたいです。

投稿: 二つ目草 | 2008/01/18 00:37

>私の行く先々
九州の北半分、特に佐賀・長崎はよくうろついてました。

3D立体革命は、まだ、立体に見えたことがないです。。。

投稿: でぱいゆ | 2008/01/20 09:50

>でぱいゆさん
デートにはいい所がたくさんありますからねえ。
でも撮影目的だとペースが合わなくて、カミさんもなかなかついて来ないので、どうしても独り旅が多くなります。

投稿: 二つ目草 | 2008/01/21 00:20

>でぱいゆさん
今、やっと「3D立体革命」を見ることができました。
交差法になってますねぇ。
専用受像機ではないので、縦長の画面に圧縮されてしまいますが、裸眼立体視によって、
ビキニのおねぇさんのエアロビを立体で見ることができました(^^)

投稿: 二つ目草 | 2008/01/23 00:15

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