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2008/11/02

長崎街道ウォークラリー 黒崎宿から木屋瀬宿へ

先週の日曜は、福岡市博物館の「黒田長政と二十四騎展」と
福岡アジア美術館の「大三国志展」をはしご。

「大三国志展」では、三国志にまつわるさまざまな資料を観て、ストーリーをおさらい。
諸葛亮
            過去記事「初めての大人買い」(2005/02/26)より
なかでも、NHK「人形劇三国志」で使われた川本喜八郎作の孔明様
(ファンにはご本尊とも呼ばれる名品)の尊顔を拝し、気分が盛り上がったところで、
昨晩は、昨日から公開の「レッドクリフ part1」で三国志の世界を堪能しました。
(二部構成なので、後半のクライマックスは来年4月までおあずけになりますが)
映画が終わって帰ったのが0時過ぎで、その後も興奮でなかなか寝付けず。

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そんなわけで、今朝は眠い目をこすりながらでしたが、
黒崎宿から木屋瀬宿までを歩く、長崎街道ウォークラリーに参加しないわけにはいきません。
黒田長政候の「いざ出陣!」の掛け声に、気合いを入れ、13kmの道のりをスタートしました。

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予想以上の参加者は、約500人だということでした。
偉人たちの歩いた道をたどります。

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曲里松並木。
まだこの地点では大行進ですが、徐々にそれぞれのペースに。
私も街道の名残を探し、写真を撮りながらのんびり歩きました。

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沿道にある「幸の神(さいのかみ)」様。
奉納された草鞋が旅情をそそります。

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素朴な表情の八児地蔵。
200年前にはすでにこの地にあったということです。

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立場茶屋銀杏屋内部。
諸大名や長崎奉行など、偉い人が休憩した茶屋だけに、立派な造りの建物です。

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この区間最大の難所といわれた石坂の急坂。
今は石の階段が整備されていますが、当時は、道も悪く、
この黒崎側では、今は残っていない急な山をもう一つ越えて来なければならなかったということ。
難所であることを考慮して、本来1里ごとに設置してある一里塚も、この区間は短く設定され、
「六合道」と呼ばれたそうです。


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3時間数分で、木屋瀬宿に到着。
当時よりも圧倒的に楽な条件ではありますが、
宿場を出て、次の宿場に着くという道程の、
出立の期待、道中の疲労、宿場への待望、到着の安堵が実感できました。

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木屋瀬宿では、ちょうどお祭りが行われていて、
宿場町の賑わいが味わえました。

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出陣式は黒田長政でしたが、
木屋瀬ではその部下である黒田二十四騎の武将に迎えられます。

余談ですが、先週、観覧した「黒田長政と二十四騎展」によると、
黒田長政と二十四騎は、後に神格化され信仰の対象にもなったため、
福岡藩が各人の子孫などに史料を提出させ、業績やエピソード、
使用した甲冑や武器などを調査し、お抱え絵師に描かせて、
それぞれのキャラクター設定を公に確認しているのでした。
そのことを知ってから、こういう場面でも、一人一人が気になります。

井口兵助 目立つ朱具足。筑前入国後、甘木宿代官となったひと。
菅六之助 関ヶ原では、小早川秀秋を寝返らせた。
井上周防之房 筑前入国後、黒崎城主となる。黒崎の春日神社に祀られている。
後藤隠岐基次 長政との不和で黒田家を出奔。豊臣秀頼に迎えられ大阪夏の陣で討死。
黒田美作一成 ガムテープで修復中なのは銀箔押大水牛脇立兜。

黒田長政と二十四騎は、戦国の世には勇敢な武将でしたが、
徳川の世になってからは、その多くが、街や街道を整備する立場にたって活躍したのでした。

※長崎街道に関する過去の関連記事
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長崎街道筑前黒崎宿 2日目 2005/10/16
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コメント

学校から帰って、いつも見てました「三国志」
紳々と竜々が進行してたっけ。

人形劇の前にやってた少年ドラマシリーズも大好きでした。
「幕末未来人」の古手川祐子さん(当時、鶴崎工業高校生)すごくきれいだったなあ。
(話がそれてしまった・・。)

それにしても大勢参加されたイベントだったんですね。
うちも秋祭りの役員でおおわらわでした。

投稿: でぱいゆ | 2008/11/12 23:09

>でぱいゆさん
三国志は吉川英治の小説から入りましたが、
ビジュアル的には「人形劇三国志」で刷り込まれました。

少年ドラマシリーズも懐かしいですね。
「なぞの転校生」、「七瀬ふたたび」は学校でも話題に。
個人的には「幼年時代」、「あんずよ燃えよ」の室生犀星の自伝が好きで、
その後、舞台になったお寺を金沢まで見に行きました。

「長崎街道ウォークラリー」は予想以上に大勢の参加があり、
スタート付近ではぞろぞろと大名行列のようでした。
でぱいゆさん、秋祭りの役員をされているんですか。
イベントと言えばいつも参加者側で、
運営スタッフの方の苦労は知らずに過ごしていて、
ちょっと申し訳ない気もしてしまいます。

投稿: 二つ目草 | 2008/11/13 22:23

二つ目さんのライフワークのような長崎街道
このようなイベントがあるなんて、いいですね。
それぞれの参加者の脳裏に、往時のイメージが浮かびながら
それぞれの長崎街道を歩かれたのでしょうね。
私もいつか歩いてみたいと思います。

ところで、先日東京で開かれた高校の同窓会に出席しましたら
以前二つ目さんが触れておられた「北九州ブランド」の資料を
北九州市の担当者が配っていて、「北九州応援団」を募集していました。
素直な気持ちで登録してみようかと思っています。
どのような側面からでも、このような動きが広がってゆくと
楽しみです。

投稿: 赤か毛 | 2008/11/23 22:36

>赤か毛さん
以前にも、いつかここを歩きたいと宣言しながら、
自分一人で遂行する勇気がなかなかありませんでしたが、
こういうイベントでたくさんの人と一緒なら、
当時の街道のにぎわいも想像しながら楽しく行けました。

赤か毛さんはすでにご自分で「北九州応援団」的な活動をされているようなものですが、
そういう動きが盛んになるとよいですね。
「北九州ブランド戦略会議」の、
http://www.city.kitakyushu.jp/pcp_portal/PortalServlet?DISPLAY_ID=DIRECT&NEXT_DISPLAY_ID=U000004&CONTENTS_ID=23947
ブランド戦略を考えるにあたり、例えば「小倉市」のように、市名変更まで考えるという覚悟を持っていてもいい。
という提案について、先日赤か毛さんのところでのコメントの中で触れました。
この例に挙がっている「小倉市」という名称には反対ですが、
歴史も踏まえ、市内外でいろいろと議論されることはよいですね。

投稿: 二つ目草 | 2008/11/24 06:53

宮島のフェリー乗り場で、
辻村寿三郎展が開催されていたのを知ったのは、
帰りの船に乗ろうとした19時過ぎのこと。
せっかく行ったのに、人形展を見逃してしまいました。残念っ!

投稿: でぱいゆ | 2008/12/01 01:41

>でぱいゆさん
ジュサブローといったら『新八犬伝』ですね!
あれもよく見ていました。
♪仁・義・礼・智・忠・信・孝・悌、いざとなったら玉を出せ!

人形展、私も見たかったですが、
残念でしたね。

何故に宮島で?と思いましたが、
ジュサブローさんは広島出身なのですね。

投稿: 二つ目草 | 2008/12/02 04:08

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